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jokelifeのブログ

人生は冗談だ。

本当に起こる「そして父になる」

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いい作品でしたね。けど、自分に関係あることとは思いにくいテーマかもしれません、

僕は他人事として見ていました。子どもの取り違えが自分に起きる確率って相当低いから。

 

いや。。。でもね、小説版読んで分かったけど、これ他人事じゃないわ。

 

※ ネタバレを含んでいるので、映画まだの人は続きを読まないでください。

 

父親が二人いる状態を続ける?】

 

ラストシーンでは、福山さんを見て、福山さんが5年間育ててきた慶多が逃げ出します。慶多はすでに、血がつながってる方のパパ(リリー・フランキー)の家で暮らすことにしていた時だったんですね。逃げる慶多の横を歩きながら、福山さんが「5年間はパパだったんだよ。できそこないだけど、パパだったんだよ」と語る。慶多は立ち止まり、二人は抱き合った後に一緒にリリー・フランキーの家に戻ります。

 

そしてリリー・フランキーの一家も福山さんの一家もにぎやかに喋っている声が聞こえ、映画は終わるわけです。

 

これって一瞬、慶多を福山さんが連れ帰るっていうオチに見えます。でも、そんな簡単な終わり方なんだろうかと首をかしげていました。

 

一方で小説版を見ると、福山さんはラストで、リリー・フランキーの一家も交えてキャンプに行くのを続けようかと考えている。どうやら、「血のつながっている家にそれぞれの子どもを戻す」のではなく、「血がつながっている両親も、育ての両親も、両方と関われる状態を続ける」ということにしたようなのです。

 

言ってみれば、「父親が二人いる状態」「母親が二人いる状態」を続けるということ。

 

福山さんは高収入のサラリーマンだけど遊び心がなく、一方でリリー・フランキーは子どもとよく遊び好かれるけど収入はあまりない。

 

「いいとこ取りすりゃ良くね?」と言うのは野暮かと思っていましたが、真相は、それを地で行く内容でした。

 

【実は現実もそこまで来てる】

 

父親が二人いる」というのは、今はよくあることかもしれません。僕は母親が離婚・再婚をしているため、「血のつながった父」と「育ての父」がいます。最近は似たような育ち方をする人も結構見かけます。日本の離婚件数は2000年以降、毎年25万件以上をキープ。90年以前なんて、15万件を超えれば高い方でした。だから今は昔より離婚が多いと言えます。

 

あと僕は、「血のつながった父」「育ての父」以外にも、「生き方のモデル」として、恩師やお世話になったエグゼクティブを、父親のように見ていました、

 

旧来は普通、「血のつながった父」「育ての父」「生き方のモデルとしての父」を全部パッケージした人を「父親」と呼んでおり、一人いれば十分でした。今後はそれぞれが別れていきます。

 

と言うのも、一人に全て求めるのがどんどん無理になっていくからです。血のつながった父がずっと育ててくれるとは限らないし、育ての父が生き方のモデルになるとも限らないのです。母親も同様。

 

父親」がカテゴリー・役割別に細分化され、「母親」も細分化されていきます。

 

そして子どもは、自分の感性に応じて親を選んだりできるようになります。産みの親は選べませんが、「生き方のモデル」あたりになると可能です。

 

つまり、私たちが親になる際、「一つの役割でだけ」親だということにもなり得るのです。

 

何だか切ないようではあります。でもそもそも、「子は親を選べない」というのが理不尽すぎたと思いませんか。